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親の家の片づけは

親の家の片づけは こども・家族

母が施設入りをするにあたり
母と一緒に
洋服やなんやを選別したのですけれど
やっぱりなかなか大変ではありました。

片付け片付け・・

親の家の片づけは本当に大変!!
ってみんなよく言いますけど

うちの場合は、
父が亡くなったあと
母が大阪に来たので
まずそのときに
実家の片づけは
姉が終えてくれています。

もう20年近く前の話。
そしてまた
5年前に
母は新しいステキな(笑)URに引っ越ししたので
5年前にも一度
大整理をやっています。

やっぱり引っ越しは
片付けのチャンス。大事。

なので、ある程度は
母の持ち物は把握できていたことは
大きかったです。

今回もなかなかのため癖で
びっくりするほどいろんなものをためていたけれど
でもやっぱり
言うても、そこまで大変ではない感じではありました。

うちのほうがよっぽどモノが多い・・・
子どもたちがいろんなものを残していっていますし
私も忙しくて(言い訳)
全然モノの整理してませんからね( 一一)

子供たちが万が一
彼氏とか彼女とか
結婚したいひととか
連れてきたいと言ったりしたら
どーすんだ!!!!
って思ってます。
(それ以外に人が来ることはない(笑))

なんてこと考えながらね。

ただ、引っ越しするにあたり
「全部箱詰めして
全部持っていきます~!」
ではなくて
「ほとんど置いときますけど
必要なものだけ持っていきます~!」
だったので(ワンルームなのでね)

箱詰めお願いするときや
引っ越しお願いするときは
その選別をするのが
一番大変だったかもです。

ちょうど2年前に
会社の引っ越しを経験しているので
その時と同じように(笑)

持っていくものは黄色い付箋、
置いておくものは青い付箋、
っていうふうに
いろいろわけて貼っておいて
わかるようにしておきました。

リベ大引っ越しセンターは
ほんとに安価で安心。
作業もてきぱき、
当然に大満足でありました。

なんたって、
やっぱり「ひと」がいい。
リベシティだから
そうそうへんなひとはおらん・・!
めっちゃよくしていただいて、
さらに、このあとの
不用品引き取りや
エアコン取り外し等々についても
お願いできそうな感じの情報をいただいて
いやまじですごい!!
リベすごい!!
と思った次第です。

「リベ入ってはるんですよね?」
って話しかけてくれはったんで
そこからもうリベの話に花が咲き、
最近両学長イチ押しのエージェント型AIの話でもりあがり・・(笑)。

本当に、西野オンラインサロンといい
リベシティといい
ベースに共通点があるから
仲良くなるのも早いですよね。
まじで人とのつながりは社会資本。
いい世界を作っていただいてありがとう!
と、両学長に感謝でした。

と、話がそれました。

ま、ともかく、引っ越しがスムーズにいけたのは
本当にありがたかったなと思います。

あとは、残ったものを処分したり~
ってことになるわけですが
引っ越しに持っていくもの持っていかないものを
仕分けした段階で
ある程度片付いたともいえる感じに。
ゴミも少しずつ、
ガンガン捨てていって。

ただ、少しの間(2カ月ほど?)
残しておこうかなと思っているので
大物だけは最後に・・
と思って

机やテーブル等々は残しておいて
あとのものをせっせと整理するフェーズに入りました。

仏壇

仏壇
というものはないんですが
母は、
なにかちいさな棚のようなものを
仏壇代わりに使っておりまして。

いや、もしかしたら
仏壇みたいにするために作られたのかな?
みたいな
漆塗りの引き出し付きの小さな棚なんです。
引き出しがあって
その上に
前開きのふた?つきの棚
というのかな~
たしかに、前開きって!!
何入れるん!!
って感じなんで
あれは簡易仏壇として使えますよ
ということなのか
何か知りませんけどね。

まぁそこに
父の写真やらお札やらを置いて
私がお菓子を買って行ったりすると
「お供えする!」
と言って
しばらくそこにお供えしてから食べるという
いかにも
実家のお寺の習慣的な感じで(笑)。

まぁ
その仏壇棚(と呼ぼう)は
持っていきたいだろうなと思っていたので
持っていこうとはしていたんですが

その小さな引き出しにはね、
5年前に引っ越したときにも見たんですが
父から母へのお手紙とかが
ノートに貼られてて
それが入ってるんです。

自分の新婚旅行の写真も
父と一緒の写真も
孫たちとの旅行の写真も
もうどんな写真もいらん!!
心の中にあるからいい!
・・・と潔く
捨てることを宣言した母ですが
(私が捨てられず、まだ保管してますけど(笑))

なぜか、
父からの手紙や
父の遺書(余命1年の診断があったときのもの)や
それは大事にとってあるんです。

父からの手紙ってね。
つきあってる時の手紙やで!!
それとか、
自分の実家に里帰り出産したときに
父が出した手紙!!

写真よりなによりも
手紙の方が大事
っていう、ね。
やっぱり、
そこには「気持ち」があるからでしょうね。

まぁそれは
5年前に見てたし
そのとき話も聞いてたんで
知ってたんですが

今回、その仏壇の横のほうに
母がなにやら書いて貼っているメモのようなものがありましてね。
これです。

●耳に残る寡黙な主人の「ありがとう」
●私の声は聞こえましたか。ありがとう。
●うんうんとだまってきいてくれる仏壇主人(かな?)

これ見てね、
急に泣けて泣けて。

父と母はすごく仲が良かったので
父が亡くなってから
母はすごく落ち込んでいて
大阪に来てからは
少しずつ元気になり
そのうち
青春を謳歌するように
ひとりを楽しんで
いろんなところに行ったり
昔の友達に会ったり(母は大阪出身)
していたんですが

やっぱり、父がいない寂しさがある
というのはわかっていたんですが

こうやって
ひとりで仏壇に
話しかけていたんだなぁ
と。

病気で亡くなった父が
母に「ありがとう」って
言ったんだな~
とか

なにより
「私の声は聞こえましたか」
っていうのが
もう
胸に響きすぎました。

母は
返事のない仏壇に話しかけながら
「私の声は聞こえましたか?」
って
ずっと父に問いかけていたんだな~
聞こえてるんかな?
と問いかけながら
絶対に返事はないわけだけど。

どんなにせつなかっただろう
いまだってね・・
と思うとね・・

大事なひとが亡くなるということは
本当にもう
取返しがつかないということ
なにを届けようと思っても
絶対に届くことはないということ
私も
身近な大切な人が亡くなったときに
それを一番に感じたことがあって

すごい虚無感で

母は、自分の伴侶を亡くして
人生の中で
きっと一番の大きな悲しみや
そんな虚無感や
いろんなものを
乗り越えてきたのだなぁと
改めて思いました。

これはもう
こうやって見返すたびに
涙が出ます。

横に貼ってあったその紙は
きれいにはがして
その仏壇の
引き出しの中に入れて
母の施設の部屋に持っていってます。

母に、
「この紙も入れといたよ。
これ、書いたの最近?
覚えてる?」
と聞いたら

「覚えてるよ!
おい!お父さん!ちゃんと聞こえてるか!?
って思ってね(笑)」

と言ってました。
勝手にしめっぽくなってた(笑)ので
なんだかそんな母のおちゃめさ?に
救われた気がしました。

親の家の片づけ

そんなこともありつつ
その後も
母が5年間住んでいた家の片付けをしてたんですが

洋服や布団など
母と一緒に
「いる」「いらん」を判断していたときはよかったけども

キッチンのものは
もう全部不要なので
そこは母も
「全部いらんな!」
とのことで
判断なしで捨てられる部分ではあり。

母が施設に入って
1週間くらいしたところで
とりあえず、
放置せず
今のうちに
いろいろ整理しておこう
(私の性格上、そのまま放置しそうやから(笑))
と思って

キッチンの整理にとりかかりました。

冷蔵庫の中にある
パンパンの食物たち・・
賞味期限が切れていないもので
使えそうなものは我が家へ。
あとはもう捨てる捨てる捨てる・・!!!
(冷凍庫には
2年前の賞味期限のものとかもいっぱい!!)

そのあたりはまだよかったんですが

キッチンの棚・食器棚に入っている
各種お鍋やフライパン、
調理器具、食器、
タッパー(なんぼほどあるねん)
等々・・

そのあたりを整理していて
もちろんうちにもお鍋やフライパンはあるし
ほぼすべて捨てることになるわけなんですが

母は栄養士でもあり、
お料理が好きで
「きょうの料理」の雑誌は毎月借りるのを楽しみにしていたし
いろんなレシピを書き留めていたので
(その書き留めたノートは潔く全部捨ててたけど(笑))

鍋や調理器具を見ながら
「むっちゃお料理したんやろな。
こんなにも使い込んでる。」
「几帳面に、こんなにも大事に梱包して保管しているものもあったのね」
(大事な器具は、ナイロン袋にくるんでパッチン止めして・・・
って厳重に保管(笑))

「ああ、お料理が好きだったけど
もう料理することはないんだな・・」
「これだけが楽しみだっただろうにな・・」
っていろいろ思えてきて

この鍋やフライパン、調理器具を捨てていくときに
すごく胸が痛むというか
なんともいえない感情がこみあげてきて

親の使っていたものを
整理していくって
しんどい仕事だな、
と思いました。

これね、
そうはいっても
母がまだ生きていて
施設で暮らすという選択をして
どうにかこうにか元気でいるから
まだ
私の気持ちの中には救いがあるというか。

もし母が亡くなっていて
それで、これを整理している
となると
もっともっとつらい気がして。

親が亡くなって
親のものを整理していく
っていう作業は
自分が思っているより
ずっとつらいものなんだ
ということを
初めて実感した気がしました。

やっぱり
想像しているだけでは
なにもわからないというか
経験しないと
なにごとも
その気持ちは
絶対にわからんもんなんやな
ってね。

そう思ってはいたけど
再認識できた気がします。

まだ、母に
あれって・・?
って聞ける。
これってどうよ・・!
って言える。

それが今は
ありがたいなと思えました。

あんなに母とケンカばっかりで
ここ最近は
全然笑顔を見せてあげることができず
そのあと自己嫌悪になって
でもまた会うとやっぱりイラっとして
なかなかな鬼娘でしたけど

母が施設に入り
こうやって母の荷物を整理したり
少し元気がない母の姿を見たり
母が笑顔になったらすこしほっとしたり

なんだか
私の気持ちの持ちようが
すごく変わったな、
と思います。

施設に入ったってな~
どうせ呼び出し多いやろうしな~
かえって大変になりそうやしな~
・・なんて思ってましたけど
全然違いましたね・・

以前は
母に会うと
ついいらっとしてしまうから
なるべく顔を合わせないように
母がデイに行ってる間に
新聞持ってったり
なかなか冷たい対応でしたけど

いまは
少しでも時間があれば
ちょっと立ち寄って顔見ようかな
とか
そんなふうに思えるようになって

本当にひとの気持ちって
不思議すぎます。

なにより
母が困ったときには
誰かがいてくれる
ということ
それはすごく大きい安心になりますし
私にとっても
母にとっても
本当によかったんだなと

やっぱりそれも
経験しないとわからん
ということなんでしょうね。
ひとになんぼそう言われてても
いやでもな・・
って思ってましたからね。

もちろん
施設によっても
親の性格
子どもの性格によっても
条件や環境によっても
違う場合はあるんでしょうから

いろんなひとのいろんな話を聞いてると
いろんな意見があって

自分がどのパターンにあてはまるかは
わかりませんけど
うちの場合はやっぱり
母も私も
周りに恵まれる強運があった
ということがあるんちゃうかな(笑)きっと。

ほんまに、
まわりのみなさまに感謝
偶然のような必然を用意してくれたかみさまに感謝、
といったところです。

介護といってもまだまだ・・
と思っていたけれど
いろんなことは突然にやってくる・・。

でも、周到に準備してるからいいわけでもなく
なにかが起こってから
いろんなことに対応していっても
それはそれでなんとかなる。
それも学んだ気がします。

ま、まだこれからどうなるかはわからんけどね。

とりあえずは
母の家はなんとかある程度きれいになり
(ゴミ捨て場むっちゃ往復したで!)
まだ少しだけそのままおいておくつもりなんで
(賃貸です。)
私の別宅にしようかしらと(笑)
思ったりしています。

さっそく、東京のムスメは
友達と大阪に来ることがあるので
「使っていい?」
とか聞かれてます(笑)。
私がなにか事業でもやって
大儲けでもできる見込みがあったら
借り続けたいけどね、ほんと。
むっちゃ見晴らしのよい家なので(笑)。

なんて考えつつ
今日も今日とて
仕事に励む所存です。

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