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10月の朝に思う

10月の朝に思う 出会った人

10月です!!

1日は
できるだけ
近所の神社に行って
朔日参りするようにしています。

とはいえ、
平日だと
うわ~!!!
っていうギリギリになったりするんで
そのときはその週の土日で。

しかし、昨日は行きました。

というのもね

いや、まぁ
家族になにごともなく
平和に過ごせたことを
ありがとう
っていう感謝の気持ちを伝えにいくわけですが

先月も
ムスメが帰ってきて
ムスコも帰ってきて
夫も長期出張で
(亭主元気で留守がいい♪)
母もいろいろあっても
まぁなんとか過ごせていて

やっぱりありがとうだな、
と思ってますけども

他にも
大切な友人とか
気になるひととか
そういうひとのお名前も
神社でお伝えしていたりもします。
(スピ系みたいですんません。
思いつきみたいなもんです(笑))

昨日はね・・
ちょっと特別でもありました。

後輩の話

後輩っていうか。
私がもともといた会社で
1期か2期下の
後輩がいたんです。

まぁ今も仕事のかかわりは
とっきどきだけある程度。

異動があるので
かかわりのある部署になったり
そうでなかったりだったけど

なんとなく
昔の私を知るひとでもある。

もちろんそんなひとは多いんですが
この年齢になると
もう先輩方はみなさん引退されたり

恐ろしくキャリア採用も増えて
もう知らんひとばっかりになってたりするんで

歳の近い
先輩や後輩は
なんだか旧友みたいな感じではあるんです。

なので、その彼も
時々、建物内で出会ったり
そういうときに
ちょっと言葉を交わしたりして

仕事で関わりがあるときは
私の無理な話を聞き入れてくれたり
まぁ
ありがたい存在ではありました。

そして、私が
会社で少し立場が変わったりしたときに
「これ・・!」
と、かわいい観葉植物をお祝いでくれたりして。

そんなひと
あまりいなかったんで
(そもそもお祝いするほどのことでもなかったので
その発想なかった(笑))
めーっちゃうれしくて。

「いつも近い」感じでもないのに
こういう気遣いできるってすごいなって。

こういうことしてくれた人のことって
めっちゃ覚えてます。
なかなか私は気がつかないんで
できないんですけどね。
でもほんと、大事。

そんな彼が

そんな彼が
先日、
亡くなったのだと
一昨日、連絡がありました。

まじで。

体調をくずして
年始あたりから入院していると
聞いてはいたけれど

そんなに悪かったのか・・・?

いや、でも
つい最近まで
私がSNSにあげる写真やなんかに
「いいね」してくれたり
していたやん??

入院してるけど
こういうのを見られる、
しかも、「いいね」できるってことは
よくなってきたのかな、
一度連絡してみようかな、
お見舞いをか行けたらいいな、

・・と思っていたとこで。

ほんとに数日前に
他の方が
お見舞いに行ったよ~
っていうのを聞いて

え!次は私も
つれてって~
・・・って
話していたんです。
本当に3日前とかに。

聞いたところ、
けっこう元気そうだったよ
とのことだったんで

まさかまさか
そんなことになるとは
想像もしてなく。

しばし呆然でした。

聞いて
すごい号泣してはる方もおられたのだけど
こういうとき
私は
涙が出ない。

いっつもです。

決して
涙もろくないわけでもなく
なんならどんだけ
泣くねん、くらいには泣いたりするけど

ただただぼーっとしてしまう・・

実感がない
っていうのが正しいところかもしれません。

きっとそれは大きいです。

他人が泣いているのをみて
え?どういうこと?
・・って思考が全然おいつかない感じ。
これいつもです。

あとでじわじわくる。
そのときは思考が停止する感じですね。

命は有限

ほんまにね、
命は有限なのだと
こういうときに知りますね。

いや、わかっていてもやっぱり
日々に流れていくものばかりで
なかなか考えることもなく。

そして
私より年下の彼は
これからまだまだ
やりたいことはたくさんあっただろうし
会社人生を終えてから
田舎に帰ってゆっくり過ごすと
言っていたんだと聞いたりもすると余計に

どんなに無念だっただろうかと

そしてやっぱり
あれ、SNSにイイネしてくれてる
と思ったときに
連絡して
お見舞い行っとけばよかったな
とか

いろいろいろいろ
思います。

そしてだいたいがそうなんですが
訃報をきいた次の日の朝に
真っ青な青空を見て

ああ、彼は
この、
今日のこの青空を見られなかったんだなと
この朝を迎えられなかったんだなと

そこですごく実感するんですね。
この世にもう彼がいなくなったんだなと。

それでもこの世は
いつも通りに朝がきて
いつも通りに見える町の風景がある。

じんわりと実感する瞬間でした。
なんともいえない空虚感っていうか
喪失感がやってくる感じ。

いつもひとが亡くなったときは
次の日の朝に
青空を見てそう思うんですね。

そんなことを思いながら
昨日、
いつもの神社に朔日参り、行きました。

神社やお寺からだと
あちらの世界に
思いを届ける近道な気がしてね。
お寺育ちだからかもしれません。
届いたかはわからないけど
でもきっと
どこかから見えている(感じている)気はするんです。
父のときもそうだったけど。

そんなことを思いながら
今日も空をながめている私です。
どうぞ安らかに。
あちらでまた会いましょう。ほんとにね。

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