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就活は数打ちゃ当たる?

就活は数打ちゃ当たる? 自分のこと

どうでもいい話なんですが、
一応続けておこう。

誰のために?
私のために(笑)

就職のために私がやったこと

アメリカ留学は就職のためばかりではなかったけれど
でもやっぱり他の人との差別化をしなければと思ったのはほんと。
英語が好きってだけじゃなくて就職のこともあって。

ただ、そのためにしてはしんどすぎる体験・・
アメリカへの学部留学は本当に大変でした( 一一)

アメリカに初めて行ったのはこのときでなく
大学2年のときに1か月半ほど、ホームステイをしていたことがありまして
それで留学したい!って夢が再燃したのもあって
交換留学試験を受けていたんですね~。

で、せっかくアメリカにいてるなら、
と、クリスマスにホストファミリーのところに
遊びに行くことにしました。

留学していたのはテキサス。
ホストファミリーはサンフランシスコの郊外に住んでました。
久々の再会!
2年前よりちょっとは話せるようになっていた私に
ホストファミリーの家族はどこまでも優しく
本当にアメリカの家族みたいな
そんなふうに接してくれました。

そしてそこで、ホストマザーと話をしていて
私の夢の話になり
将来はラジオ、テレビなどの放送局で働きたいんだって話をしたら

mom
mom

それなら、いい考えがあるわよ!

せっかく留学してこっちにきてるんだから

こちらでマスコミ関係の仕事を少しでもしてみたほうがいいわよ。

学校の中に必ずラジオ局みたいなものがあるから、

そこでディスクジョッキーをしてみるとか

なにかしらトライしてみたらどう?

って言ってくれまして、

そんなこと思ってもなかったので
めっちゃびっくり!
なるほど~そういうの、大事かも!と思って

休みを終えて大学に帰って
さっそく調べてみたんでした。
そしたら、あったんです。
私の通う大学にもラジオ局が。
要はクラブ活動みたいな感じで
学生会館とかで流れる放送、みたいな。
そう。放送部、みたいな感じ?

一応、名前をつけて
ラジオ局みたいになってましたけどね。
実際、電波にのってどこかまで流していたのか
私にはよくわかりませんでしたけど。

ただ、とにかく、ここで、なにかしら
実績を作ったらいいんじゃないか!

と思いまして、
突然そのラジオ局のドアをたたいたんでした。
びっくりしたやろな~当時の担当者は。
で、突然に

makko
makko

日本からきた留学生です。
日本の音楽を紹介する番組なら私にできると思うんです。

なにかやらせてもらえませんか?

って言うたんですね~。

いや、今から考えると、まじですごい行動力。
ほんとに私、そんなこと言うたんかい!?って
正直自分でも思います。すげーな、21歳の私。

最初は、
「は?」
みたいだった担当者の方も
私の熱意におされて

わかった!じゃあ1週間に1回、1時間、
番組やってみる?

って承諾してくれまして
機器の使い方からなにから
いろいろ教えてくれたんでした。

英語もようわからんのに
ようやったわほんま。

というわけで、私は、週イチで
日本の音楽を紹介する番組を担当することになったんです。

日本にいる友達に
いろんな音楽のカセットテープ(なつかしいっしょ?)を送ってもらって
それを紹介しながら流していくってやつ~!!

いや~まじで楽しかったっす。

聴いてくれた友達から

日本の音楽とか初めて聴いたわ~!クール!

とか言われたりして
だいぶうれしかったな~。

それを、数か月は続けました。
しゃべれることも楽しかったし
音楽を流すこともおもしろかった。

自分からなにかしら行動を起こせば
門は開くんだ、
ってことを知りました。

帰国後の就職活動

その後、帰国するんですが
アメリカの授業が終わるのは5月。
それも、せっかくアメリカに行っているのだから
(日本から行くより安いし)
帰りにヨーロッパ旅行をして帰ることになり
ドイツ、フランスに行ってから帰りました。

もちろん就活はもう始まっていて
私が受けたかったマスコミも
もう試験が始まっているところもありました。

ネットのない時代でしたので、
帰国前、4月頃から
アメリカから国際電話をかけて
もう応募が始まっている会社には

makko
makko

アメリカから履歴書を送るので、
帰国後に受験させてもらえないか?

なんてお願いをしたりもしてました。

いや~書いてて思うけど、
こわいもの知らずやんね。若いってスゴイ。

でもそれがけっこう印象に残ったんちゃうかと
今になって思います。
そりゃ、会社とはいえ、担当者は人間ですし
いろんな事情があることももちろん理解されるので
いろいろと融通を聞かせてくれる会社が多かったように記憶しています。

とはいえ、実際の受験はけっこうまだ
帰国してから間に合ったような。

テレビ局やラジオ局というのは
基本的にはかなり少ない人数の採用しかしないので
かなりの競争率になること、
そして、どうしても放送局に入りたいと思う人たちは
(とくにアナウンサー)
日本全国の局を受けること、

そういうことは調べてだいたい知っていたので

就活始まったら
全国行脚しましたよ~。

福島でも広島でも九州でも
応募してガンガン行くっていう。
ほんまに交通費はかかりました(笑)。

でもやっぱり
あちこちで会う人たちはいるんです。
本当に放送局に入りたい人はみんな同じ。
全国を受験するんです。

そしていろいろ受けるうちにわかったのは

受かる人はどこでも受かる。

ということだったんですね~。

私なんか、がんがん不採用通知がきてたんですが
採用通知をもらった人は
ほとんど確実に複数もらっている。

どこでも、ってのは言い過ぎですが
ええな、と思われる人は、
あっちでもこっちでも思われる要素がある。

ということなんですね~。
すごいですよね。

私はとにかく受けまくって
落ちまくりました(笑)。

そして最終

でもね、だんだんと受けていくうちに
自己PRがうまくなっていくんです(笑)。
自分の言葉になっていって
相手が興味持って聞いてくれてるか見ながら
ふくらませたり流したりしながら
臨機応変に話せるようになっていくんですね~。

数打ちゃ当たる。

っていうのは、数を打ったら当たる確率も高くなる、
ってのもありますが、
就活の場合は、
そうやって経験を積むことで
自分の中でもいろんなことが整理されて
自分の言葉がどんどんと研ぎ澄まされて
自分のものになっていって
説得力もでてくるし、
相手をひきつけることもできるようになる、
っていう。

そういうことはやっぱり
実践して
実際にやってみないと
わからないし実感もできないもんなんですね。
こんなふうになるとは思ってもなかったんです。

そしていくつもいくつも受けてるうちに
面接で

makko
makko

お、いい感じに興味もってもらえた!

とか

makko
makko

てごたえあった!

とかわかるようになってきて
二次や最終に残るようになりました。

相変わらず落ちてるところもあったけどね。

というわけで1社、ようやく採用通知がきて、
そこから、1社、また1社と採用通知がきたんです。
「受かる人はどこでも受かる」っていうのは
受かりだしたら、流れにのるように受かる
ってことだったんですね~。

ムスコの就活のときも
何度も何度も伝えていたけど、
就活においては

不採用通知は、力が足りなかったわけでも、
優秀でなかったわけでもなくて

ただ、なにかしら会社の採用担当の人と合わなかっただけ。

で、

採用通知をもらうのが
優秀で、すごいひとというわけでなく

たまたまその会社の採用担当の人と合っただけ。

っていうことは

本当だな~
と自分のことを振り返っても思います。

かくして、私は小学校のころからの夢だった
テレビ局に就職する、
ということが実現したんでした。

夢って実現することあんのね。

ってことを学んだときでした。
いったい何の話をしているのかわからんようになってきました(笑)。

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