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子どもとの距離の取り方に「べき」はなし。

子どもとの距離の取り方に「べき」はなし。 こども・家族

我が家の子どもたち。
オンライン授業と対面授業と
半々で
今週はオンラインやけど、
来週は学校行く!
とかあるので、もはや予定を把握できず
アップアップです。

ムスメ
ムスメ

ママには、時間割もバイト予定も全部

言え言えっていうから伝えてるのに

全然覚えてないやん!

結局前日も当日もめっちゃ聞くやん!

って叱られるんですが、
いやいやイレギュラーの予定多すぎやろ!!

こっちも夜誰もおらんとなったら
急いで帰らんでいい、とか
夕食の準備せんでいい、とか
いろいろ段取りありますねん。
(「どうせつくらんやろ!」という声が聞こえる・・)

1、子どもが成人したら親はどうなるか

子どもが成人したら親はどうなるか。

ママ友
ママ友

子どもが成人したから

もう何の心配もないわ~!

自由やわ~!

って言ってる人もけっこういてます。

うらやますぃ。

そういえばムスコもこの前言うてました。
仲良しのOくんのお母さんの話。

ムスコ
ムスコ

Oのお母さん、めっちゃ楽しんでるらしいで~!

もうみんな大きくなって子どもは2人とも大学生やし
趣味のランニングやテニスに忙しくて

楽しくてたまらん様子らしい!

まじで~!
ええな~!

私も楽しみたいやんか。

しかし、ここにきて、
けっこう休日は家にいてる、
ということが多いんです。
もちろんコロナってのもあるんやけども。

子どもが成人した親も
ひとそれぞれってとこなんでしょうか。

2、働き通しで好きなこともしてきたからこその今。

最近は、ムスコやムスメが
土日にどうしてるか予定を聞いて
どちらかが家にいてるときは
必要以上の予定は入れないようにしています。

いやいや、子どもは、
親が羽ばたいて好きなことをしていたら
それを見て自由に生きていくことを学び
子どもも好きに生きていくもんです。

っていうのはある意味ほんとで、
私もメンタル講座関連にだいぶ通ったので

目からうろこで
そうかぁ~
私がもっと楽しそうに人生を生きることが大事なんや!
ってめっちゃ思って

受けたい講座を受けたり
会いたい人と会ったり
好きにやってきたんです。

それはそれで確かに楽しかった。

楽しかったし、子どもたちにいろんな話もして
子どもたちもまた私の話に感化されたりもしていた。
(と思う。)

なのになんでいまさら、

本当にいまさら、

家におる時間を増やしているんやろか。

O君のお母さんみたいに
さらに羽ばたいていって楽しんだらよいのに。

3、子どもはいつか物理的に離れていく

そう。
子どもたちが大学3年とか4年になって
就職も決まったりの歳になってきたら

あ!

って、はっとするんです。

もう少ししたら、この子たちは
家を出ていくのかもしれない。

ムスコはほぼ確実に
家を出ていくことは決定しているけど
ムスメもやっぱり

ムスメ
ムスメ

どうせやったら広い世界で

いろんなところで仕事をしたい!

なんて話していて

やっぱり出ていくのかもしれない。

そこではっと気づくんです。
私は、フルタイムでずっと仕事をしてきて
子どもたちは保育所育ち、学童育ち、
なんでも2人でやってきて
家に帰ると、洗濯物を取り入れてくれていたり
たたんでくれていたり
なにかしら協力してくれていて
親が「おかえり」を言ってくれる環境ではなかった。

そして、中学や高校や大きくなったら
親が家におる必要はない感じになって
そこで私も
講座だなんだと外に出ることが多くなって
土日も家にいないとかざらだった。

子どもはそのほうが
母が笑顔で楽しくやってるほうが
自分のほうばかり向いてないほうが
自由に羽ばたけるともいえるのだから。

と、そうやってて
でも、そこでふと気づく。

ああ、でも今度は本当に
子どもたちはこの家を出ていき、
今度は彼らが羽ばたいていく。

私の人生の中で
子どもに出会えたことは
一生の中で一番ステキなできごとやったけど

物理的に近くにおるという環境が
有限のものだったという事実に気づき

愕然としたんです。

そうか~もう終わるのか。

私はいつも仕事仕事で
家におらんかったけど、
子どもらの「家」の思い出は
「家族」の思い出は、
そして
「母」の思い出は
いったいどんなものなんだろうなって。

そう思うと、
残り少ない
一緒に過ごせる時間は
少しでも一緒に過ごそうやないかい。

一緒にといっても、
同じ家の中におるという
それだけのことなんやけど。

そう思って
子どもと離れて過ごした時間を取り戻すように
私は家におることを選んでいるんです。

なんやろなほんま。
不思議ですけど。

なにが正解も不正解もないと思うけれど
だれかが言ってる「こうすべき」じゃなくて
今の私の心境に向き合って

大事な時間を
自分の納得いくように過ごしたい。

それだけです。

今振り返って思うのは

子どもたちにとって親がどうあるべきか。

好きに羽ばたいてもよし。
でも、別に、子どもの近くにおって
見てたってよいんじゃないか。
どんな親の姿も
子どもが大人になっていく過程で
彼らの中で消化していくんだなって。

そう
こどもとの距離のとりかたに
こうあるべきはなし。

ただ、いまは、

子育てというより
私がそうしたいからしているというだけ(笑)。
それもよきやん。
やっと思える。

ほんとに子どもは
いろんなことを教えてくれます。
永遠の師匠です。

+11

コメント

  1. 渋茶 より:

    Makkoさん、こんにちわ。

    今回も(毎回ですが笑)とても共感してコメントせずにはいられないのでお邪魔します。

    ウチの娘が小学生高学年くらいだったと思うんですが、スーパーで買ったものを一緒に袋詰めしていたら、通りがかりの、おばあさんに、しみじみ言われました。

    「あなた、こうやって子供と一緒に買い物できるの、幸せなことなんよ。いいわねえ、この時間大事にしてね」って。
    この人は誰のことを思いながら、話してくれたのかなぁ。
    ずっとそのことが記憶に残っています。

    うちも娘は4月に県外に出て帰ってくるなわからないし、息子は家から大学に通ってるけど、卒業したら独立したいらしい。

    今ある日常って、突然終わりが来るし、もうその日も近いと思うと、ますます、リビングで一緒にテレビを見たり、ケーキを食べたり、おしゃべりするこの日常の時ってかけがえのないもののように思えますよね。

    そんなあと少ししかないかもしれない今の宝物みたいな日常を大切にするために子供がいる時は家にいる、とても素敵な選択だと思います。

    そして、きっと、お子さんたちは、働く母のこと誇りに思ってると思いますよ。

    そして、子供が羽ばたいたら、そこからきっと自分のやりたいこと全力で楽しむんだろうな。

    子供のために、じゃなく、私がそうしたいから一緒の時間を優先する母、とても素敵です!

    +1
  2. makko より:

    渋茶さん!コメントありがとうございます!
    めっちゃくちゃうれしいです!(^^)!!!!!

    子どもと一緒に買い物できるのが幸せ。
    本当にそうなんでしょうね~
    やっぱり幸せなのは、なんでもない日常。
    子どもと過ごした日常、なんだろうな~、と思います。

    渋茶さんの娘さんはもう出られているのですね~夢をおいかけておられるのですね。
    息子さんは大学に入られたばかりでしたよね。
    本当に、なんでもないリビングでのひととき、
    宝物みたいなかけがえのない時間だなって思います。
    共感していただけて本当にうれしいです。

    なによりうれしかったのは
    「子供のためじゃなく、私がそうしたらいから」ってわかってもらえたこと~!
    それそれ、そうなんですよね~
    子どもらは「もうええって~!」って思ってるんですけど(笑)
    私が一緒におりたいっていうその気持ち。

    わかってもらえるひとがいてるってすごく気持ちが救われます。
    いつもほんとにありがとうございます!!!!

    +1
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