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ムスコの人生は彼が好きに生きる

ムスコの人生は彼が好きに生きる エンタメ

ムスコの誕生日でした。

なんとなんとなんと26歳。

今年25歳、と勘違いしていたっていう。
なんと我が家の子どもたちは
24歳と26歳になる年だったのね・・
ええええ~!大人!(いまさら)

毎年思い出す

ですよね、
子どもの誕生日といえば
もう毎年、生まれたときのこと思い出します。
どんだけ痛かったか(そこから?)
産まれてきたときの姿、
誰も教えていないのに
母乳を「吸う」という行為をすることの不思議。
お風呂に入れるのもこわいし
げっぷは出たか出てないかわからんし
とにかく泣き続けるのは
いったいなにが不満なのかわからんし
とにかく何もわからず必死だった・・
ただそこにある
その存在が愛しくて
小さくてかわいくて
泣いても笑っても寝ても
ずっと見ていたいな~って思ったあのときのこと・・!

天使やな!

って
仲の良い友達は言ってくれて
いまだにそのイメージあるそうですけど(笑)
(今はもうオッサン。)

ほんと、親ってずうっとそうなんでしょうかね。

きっとずっと思い出すんだろうなぁ~
と思います。

だから、あのころに戻りたい・・
なんてことは思わないんですけどね。

まぁ~大変でしたから!

思い出は山のように

そうですよね、もう26歳になったムスコ
思い出は山のようにありますけど
思い出すのはいつも
かわいかったころ(とっても小さいころ)と
大変なころ、
が多いですかね。

小学校時代は本当に苦労しました。
毎日のように学校から電話がかかってきて
運動会の練習したらテンションあがってさわぎまくった
とか
新聞紙でバットをつくって友達と野球ごっこをしていて
何度注意してもやめず、とうとう窓ガラスを割ってしまったから
さすがに弁償していただかなくては
とか

ま~ほんとに文字通りの「悪ガキ」。
「テンションが高くなってさわいでしまうのは
『僕を見て!』って気持ちの表れ。
お母さんにもっと見てもらいたいんじゃないでしょうか。
愛情不足じゃないですか。」
なんていうおばちゃん先生たちの言葉に
深く傷つき自分を責めて。

いやいやこんなに(ムスコのこと)大好きやのに
どういうことなんやろう・・
やっぱり働いてるのがあかんのやろか・・
一緒にいる時間が少ないということなのか・・

と、いや~ほんと悩みましたね・・・

でも、小4のときの担任との奇跡の出会い・・

あの1年間だけ1度も電話がかかってきませんでした。

「Mくん(ムスコ)を見ていたら、
愛情たっぷりに育ったのがよくわかります。
おもしろい子ですよね。僕大好きです。」

って言っていただけで、
ああ、先生の言う言葉だからって
あそこまでまともに受けんでよかったんちゃうかと
何がほんとかわからないけど
少なくとも私が愛情をかけたことはわかってくれる人もおると
本当に救われた思いでした。

「先生によっては反抗したりもする。
でも彼にはいつも理由があるんです。
だから、大丈夫です。だめなことはだめだと話をしたらわかってくれるんです。」
と。

ムスコも

ムスコ
ムスコ

僕に「なぜこのことをやったのか」

「あの先生に対してなにか思うことがあったのか」

を絶対聞いてくれる。

僕の話を聞いてくれるねん。

こんな先生はこれまでおらんかった。

と言っていましたね・・
相性というよりは、やはり、その先生の偉大さだったのだなぁと
いまは思います。

悪ガキにも必ず悪いことをする理由がある。
それをきちんと聞いてくれたということなんでしょうね。

でも、先生は最後におっしゃいました。

「M(ムスコ)は本当に面白い子です。
僕は大好きなんですよ。
でも、彼はこれから苦労するかもしれません。
日本の教育は、とにかく枠にはめたがるし
はまらないといけない、と教える。
たぶんその枠からはみ出すことが多いMは
その中で生きていくときに、苦労はすると思います。」
ってね・・いやほんまにそう。ほんまに。

makko
makko

先生!おっしゃるとおりでしたよ~~~!

と、先生の住んではる方向を向いて叫びたい気持ちです。

とはいえ、私の気持ちはとても楽になったし
「ムスコを是正させなくては」という気持ちもなくなりました。

親子ともども、この先生には救われたですね~。
本当にありがたかったです。

そんなこんなで大人になった

そう、そんなこんなでいろいろあって
ここまできました。

ムスコの子育ては本当に
私も母業は初めてだし
わからないことだらけで

悩みも多くて大変なこともたくさんあった印象です。

結局のところ
私は、自分が親にしてもらったことを
そのまましてあげようとする、
というパターンだったのですが
途中で(中学生くらいかな)ハッ!と気づいたんですよね。
私は親にしてもらったレールの上を歩いて
いま思い返すと、ありがたいと思うし幸せになれたと思うけど
ムスコは私とは別人格であって
それを同じように対応したところで
同じように感じるか、
本当にそれが彼にとって正しい道か
幸せな道かはわからんやん!!
って。

それですね。ほんと。
別人格なんだ!とホントの意味で心の底から思えたときに
あ、手放そう・・
と思えたんですね。
彼の人生だから彼の好きなように生きる。
それがたとえ私からみて、どやねんと思うような人生だったとしても
本人が自分で、自分らしく、
思う道を行く、その過程を
ただただ見守って応援する。

もはやそれだけだなと。

いかに、自分が、自分の思い通りに
こうなればいいな~
の方向に誘導していたかを
思い知りました。

結果、ムスコはあんな感じになって
それがどうなんだという話はありますけど
ただ、親の言うことを素直に聞いて
全部ゆだねてレールの上を歩くのが幸せだったのか
というと疑問だし
親の言うことをそのまま聞くかって
聞かなくて当たり前だし
まぁ~聞くわけもないんで

いまのムスコがどうであれ
ムスコの力で勝ち得た
ムスコだけの道であるにちがいないので
それはなにかっても自分で責任もとっていくことになるし
自分が望む世界が手に入ったなら
自分が勝ち得たものであるともいえるんだし
それでこそ人生かなと
そう思うのでありました。

そしてムスコの誕生日には
ムスメが選んだポロシャツを
折半(ただし母多め負担)で
プレゼントした次第です( 一一)(笑)ハイ。

26歳ムスコよ
お誕生日、おめでとう・・!

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