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子どもはいつも思うようにいかない

子どもはいつも思うようにいかない こども・家族

いやぁ~うれしいです。

今日は、昔やっていたライブドアブログにコメントがありまして。
たま~~~にこんなことあるんですよね。

日記

そうほんまにこれは日記でして
最近あったことや思ったことを

書き綴っていってるだけなんですが
時々、検索にヒットするんでしょうね。

私がひとさまに教えられることはなにもありませんし
特別得意なこともないし
これといってむちゃくちゃのめりこんでいることもなく
ほんまつまらんアラフィフなんですが
ひとついえるとすれば
出来の悪い子どもをもった、ということ!!(笑)
ソレに尽きるんちゃいますかね。

これまで、コメントもらったり
よく読まれている記事を見ても
だいたいは、
ムスコの言動に悩んでいたことだったり
そんな問題児のムスコに対し
少し距離をおいて(気持ち的に)接するようになったこと
そういうものの考え方をするようになったこと
そういうことにすごく共感してもらえることが多いというか。

あとはうちの子どもたちをみて
「ああ、うちはここほどではない」と安心してもらえるとか(笑)。
そういうことかなと思います。

いやほんまに大変でした・・。
昨今のSNSではないけれど
誹謗中傷?みたいなものも多少(ほんとに多少(笑))
ありましたしね。
それでも親か!?
みたいなんとか
子どもにちゃんと教育しろ!
みたいなんとか(笑)
まぁなんか言いたくなるんでしょうね。
それも、「困ったよ(泣)」だときっとスルーなんだけど
「うちの子はこんなですけど
きっと自分でなんとか生きていくので
私はそこに意見をしない」
っていうようなことを書くと
いらっとされることが多いようなイメージあります。

子どもを思い通りにしようとするのが親

うちのこども、とくにムスコは

ほんと、問題児で大変でした。

保育所のころは、

年中さんのときに
お友達3人くらいで
部屋に誰もいなくなったときに
いたずらしよう!ってなり
なんと・・・ムスコが部屋の中でおしっこしたり!!
(私も呼び出しくらい、ムスコもめちゃくちゃ叱られました。)

小学校のころは、
教室とか、運動会の練習とか

とにかく人が多くなるとテンションがあがり

むっちゃっくちゃ騒ぐんです・・・
それで何度も何度も家に電話があったり
友達母から苦言を呈されたことも一度や二度じゃありません・・
ふざけて紙を棒のように丸めてバットに見立ててふりまわし
窓ガラスを割って弁償したこともありました・・・

中学校のころは
昼休みに、水着(海パン)でサッカーをしていて
女子たちに悲鳴をあげられ

先生にめっちゃくちゃ叱られたこともありました。
本人は

「5時間目がプールやから、

早く着替えて昼休憩のサッカーをしていたのだから
ほめられることはあってもなぜ叱られる?」
ってなってて、さらに先生にあきれられたり。

あとはもう、大学受験はうまくいかず

浪人しても志望校には入れず
大学では建築課題に追われた上に、単位がとれずに留年するし

まぁ~ほんとにいろいろありました。
いまでこそ、ちゃんと(ではなくとも)

就職できたとはいえ
とにかく、問題が多い子だったんです。

そもそも
私自身が、田舎で

かなり教育熱心な両親に育てられたこともあるので
私も、中学受験を推奨して塾に通わせたりもしたし

中学くらいまでは勉強も(英語だけ(笑))寄り添ってきたり

親ほどではないけれどそれなりの教育志向だったと思います。

でも、実際の私のムスコときたら
私が出会ったことのないような(いや、おったかもしれんが)
大変な子でしてね。

勉強も熱心にするほうではないし
なんせぼーっとしてるしいいかげんだし
おまけに他人に迷惑かけるしで
日々、はぁ~・・どうしたらいいの・・とため息やったんですよね。

でも、あるとき
そんな悩みを話したら
ある方から
「あなたとムスコさんは別人格ですよ。
あなたは、親の言うとおりにやってきて
それをやれたし、やってきてよかった、だから今があると思っている。

でも、ムスコさんは同じではないですよ。

あなたとは別人格。
だから、別の人生を生きるのだということを認識して
あれこれ苦言を呈するのをやめたほうがいい。
口から出すのはほめ言葉だけ。
あとは、否定したり、なにかを強いるようなことはしたらだめですよ。」

と言われて、
なんかもう、つきものがおちたように
気持ちが楽になったのと同時に
ムスコを、少し離れたところで見られるようになりました。

結局のところ
自分の価値観の中でしか人は考え垂れないので
ムスコを
自分の価値観の中におさめようと強いていた
強いようとしていた、
ということなんだなと気づきました。

結局のところ、叱るのもアドバイスするのも、
なににしても、親は
自分の価値観からくる自分のアドバイスをすることになるわけで
何かを強いていなくとも
深層心理としては
自分の思う通りになってほしい

自分の思っている枠を出ないでほしい
そう思ってるもんなんですよね。

だから、その枠の中にいると安心する。
うちは大丈夫と思う。
でも、それが果たして
子どもが望んでいるものなのか、

子どもが羽ばたいていくのを妨げていないだろうか
そういうとこに気づかなくちゃね、

ということなんだなと思います。

何も言わない。

そこから
こうしたほうがいい、とか
こっちのほうがよさそうじゃない、とか
それはやっちゃだめ、とか
許可しません!とか
そういうことは一切言わなくなりました。

それで子どもが
とんでもないことをしたらどうすんねん。
ってとこなんですが
やらんのですよね。
おさえつけられるから自由を欲するのであって
自由になったら逆にこわくなったり
逆にはめをはずしたりできず慎重になったりもする。

そして、
自分がどうしたいのか
何をしたいのか
それでいいのか
を考えるようになる。

テスト前に遊び呆けて帰ってこないこともあったし
文化祭の練習にのめりこみすぎて
徹夜で練習したり

受験勉強全然せずに受験全落ちしたこともあるし
今なお
「うちは門限もないしゆるいから~」と豪語し
全然夜帰ってこなかったり
いろいろありますけど
結局は自分で責任をとるしかない。
ただ、間違いだと思ったら、ですけどね。

なにが正しく、なにが間違いって
だれがきめたのか?
目標がないのが悪くて目標を持つのがいいと
だれが決めたのか?

・・・と、そういうことです。

だから、そこからは、できるだけ

本人がやりたいことをやらせる。
やりたければやるし
やめたければやめてもよし。

口を出さない。
ということを決めて、今日までやってきました。

いや、子どもらが大人になってからは
けっこう口出すことも多くなったように思いますけどね(笑)。

でもそれは、もう彼らが
大人になったから。

それまでは、とにかく、
我が子には、自分で自分の人生を切り拓く力がある

それを信じて見守るしかない

そう思ってきました。

それが、親である自分が望む道でなくとも
だれかが眉をひそめるような道であっても
そこで生きていく、やっていく力があり
違ったと思えば、やりなおせる力もあると。

いやほんと、そう思えるようになった
それが転機やったなと
思い出します。

いつの時代も子育ての悩みは同じ

いつの時代も同じなんだな~
と思います。

小さい頃は小さいころで、

大きくなったら大きくなったで
大人になればなったで
いつもこどもって心配です。
どう見たって親からみると不安定だし
しっかりもしてないし
ぐらぐらしてるし
おいおい大丈夫か・・
の連続です。

でもやっぱり、
自分の好きなように生きよ。
これはうちの鉄則、変わりません。

あるときムスコが
誕生日か母の日かなにかに
メッセージをくれて
「いつも、好きなことを好きなようにさせてくれてありがとう。」
って書いてくれたの、覚えてます。

ああ、わかってたんだな~
って、とてもうれしかった・・。

いまだに
ムスコは社会人になっても
おいおい大丈夫か?
絶対迷惑かけてますよね?
・・・ってのばっかりなんですが
仕事を選ぶのも自分だし
その中でどうふるまっていくかも
自分がやって自分が責任をとる。
それしかないと思ってます。

だから。
仕事もっと頑張らんと!
とか
転職も考えたら?
とか
こうしたほうがええよ!
とか
それは、聞かれたときしか言わないようにしてます。
社会人の先輩として頼ってくれたときは
先輩として返事しますけどね!

とはいえ、見ていて
心配なことや

いてもたってもいられないことは
めちゃくちゃいっぱいありますよ( 一一)
それはやっぱり特にムスコ( 一一)

でもね、
まぁ彼なりに彼の人生を

どうにかこうにかやっていくことでしょう。

今になるとやっとそう言える。

日本語は不自由だし
できないことが多いし
いいかげんだし
こどもだし
仕事もできないし
でも、ムスコにしかないものもあって
それを親である私は知っている。

それでええやないかと
人生は宇宙からみたらほんの一瞬のできごと。
自分が思うように
自分らしく生きられたらなんだっていい。

1つの星がきらっとするくらいの
そんな1つ1つの人生なのだから。

なんだかんだいいつつも
かくあるべしにこだわりすぎているのは
自分だけなのかもしれないな、
なんて思う土曜の午後。

ムスコは今日も仕事です。

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